【荻野吟子の生涯】日本初公認女医の一生とは?壮絶な人生の結末!

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荻野吟子さん、没後100年ということで注目をあびています。
荻野吟子さんと言えば、波乱の人生を送ったことでも有名ですね。
そんな荻野吟子さんの生涯は、一体どのようなものだったのでしょうか。

 

荻野吟子さんプロフィール——————–
生年:嘉永4年3月3日(1851年)
出生地:埼玉県熊谷市
没年:大正2年6月23日(1913年)
職業:近代日本での最初の女性医師
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20131120【画像】荻野吟子

 

出典:http://setanakankou.iinaa.net

 

荻野吟子さんは、恵まれた環境で育ち、お父様も教育熱心な方だったようです。
18歳で結婚するも、2年後に離婚。
理由は、夫による性病の感染でした。
当時は、不治の病とされていた性病。
実家での静養後、上京して治療を受けることとなるのです。

 

この時、日本にはまだ女医という仕組みがなかったため、担当の医師はもちろん男性。
性病という病でさえ恥ずかしさを伴うもの。
その治療を男性に委ねなければいけない気持ちは、どのようなものだったでしょう。
自分のような経験を同じ女性にさせてはいけない、
この時に医師になることを決意したのだといいます。

 

意欲的に学び、東京女子師範学校に入学。
自身の目標を成し遂げようと努力する荻野吟子さん。
それとは反比例するように、周囲の状況は厳しいものだったようです。
当時の医学校は、女人禁制。
紹介された医学校がどこも受け入れてくれませんでした。
それでも諦めず、私立医学校好寿院に入学することができた後も、
女性ということで、様々な困難があったようです。
男性用の袴と高下駄を身に着けて男装をしていたことも、そのひとつであったでしょう。
そして家庭教師をしながら、苦学の末の卒業だったようです。

 

その後も医師となるためには開業試験なるものがありました。
が、その際にも女性であることが理由となり、
幾度も提出した願書はすべて却下されたそうです。

 

しかし、熱意の結果、支援者にも恵まれ、受験が許されました。
そして、見事合格し、初めての女性医師の誕生となりました。

 

今でこそ、珍しくない女性医師ですが、その誕生にはこのような背景、
ひとりの女性の壮絶な物語があったのです。
これにより、日本の医学界は大きく変わったのです。
荻野吟子さんの存在、努力、情熱を忘れたくないですね。

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